3 歳の娘の花奈 (かな) と 2 人きりで江東区のタワーマンションに
住んでいる有紗 (ありさ) には、4 人のママ友には
決して言えない秘密があった。ママ友、タワマン、夫の秘密。
さぞや嫉妬と虚飾と悪意が渦巻くドロドロの人間模様が
繰り広げられると思いきや、著者の作品を何冊か読んだ事がある
読者にとっては驚愕の結末が待つ作品でした。
著/桐野夏生。
岩見有紗は 33 歳。30 代になる直前の 29 歳で滑り込みセーフで
結婚し、プチセレブが住まう憧れの “タワマン” に住み、
若干大人しくて押しが弱いが素直で優しい娘の花奈を、
女手一つで育てていた。IT 企業に勤める夫の俊平は、
アメリカに単身赴任している──事になっていた。
アメリカに転勤になった事は本当だが、その実は別居だった。
お金だけは入れてくれて、俊平の実家も援助してくれるが、
有紗は実質的な母子家庭で、独りぼっちで花奈を育てていた。
有紗の部屋は 24 階。ベランダから下を覗けば
コンクリートの床一枚で宙に浮いているような浮遊感。
向かいの同じく高層のオフィスビルからは、
何となく見られているような気もする。
強風の日、うっかりベランダに置きっ放しにしたプラスチックの
スコップが失くなった。例えおもちゃのスコップでも、
この高さから落ちて人に当たれば大怪我をさせるかも知れない。
失くした事がバレたら、管理組合で大問題になるかも知れない。
おもちゃのスコップ一個でビクビクするような生活の息苦しさ、
先行き不安で寄る辺ない有紗の立場をそのまま表したような
有紗の部屋の描写。この冒頭で、有紗の精神状態が判ります。
プチセレブが集うと思われているタワマンの中にも、
より細かいカーストが築かれていました。
東棟より西棟の方が格上、下層より上層の方が格上。
上層階でも、角部屋が一番の一等地。
ママ友の中で東棟に住んでいるのは有紗だけで、リーダー格の
“いぶママ” こと息吹ちゃんのママが住んでいるのは
その一等地でした。他の 2 人は西棟、“美雨ママ” こと洋子
1 人だけは、タワマンではないマンションに住んでいました。
歳の近い女の子がいる母親同士、大概はいぶママの呼びかけで
集まって、子供を遊ばせ、おやつを持ち寄ったりしていました。
ママ友なんて、いつ仲間外れにされ悪口を言われるかビクビクし、
薄氷を踏むような思いで付き合う関係だろうと思っているので、
そのリーダーなんていじめの首謀者のイメージしかありません。
ところがいぶママはオシャレで頼り甲斐があって、
意外にも有紗は素直にいぶママに憧れの眼差しを向けます。
ステレオタイプな設定にしないところが良くて、
有紗はいぶママにちょっとでも気に賭けて貰うと天にも上る
気持ちになり、まるで思春期に憧れの女の子を見ている目です。
いぶママとは違うタイプで、すらっとした長身で量産品を
着ていてもカッコ良く、さばさばした性格なのが美雨ママです。
ウエストタワーの住人ではない者同士有紗と仲良くなり、
“○○ママ” ではなく “洋子さん”“アリサ” と呼び合う仲になります。
名前で呼び合った。何年振りかで夜に友達と呑みに行った。
小さい子どもを持つ母親にとってそれがどれだけ勇気が要り、
でも心躍るものなのか、そんな生活が生々しく伝わります。
そういう何という事もない話が続いくのですが、飽きもせず、
どんどん読んでいきたいという思いにさせられます。
有紗は重大な過去を隠していた事がバレて、
夫に愛想を尽かされました。それを知らず、
義父母は妻と娘を捨てた無責任な息子で申し訳ないと、
有紗に負い目を感じています。有紗はそれを利用し、
時に彼らに八つ当たりや嫌味を言ったりしています。
有紗の実家は新潟で、過去はそこにありました。
美雨ママのとんでもない秘密を打ち明けられた有紗は、
思い切って自分の秘密も打ち明けます。
すると美雨ママは、勢い込んで新潟に行こうと言い出しました。
そして二人の旅が始まりました。
この旅も、ありがちな流れになりそうなところをぐっと抑え、
そぼ降る雨のように静かな、しっとりとした情趣ある
エピソードになっていました。逃げていたものと向き合い、
嫌な思い出を清算した有紗は、俊平と向き合う決心をしました。
何しろ桐野夏生なので、いつか誰かが最悪な裏切り方をするに
違いない、誰かが不幸になりどん底に落ちるに違いないと、
いつなるのかいつなるのかと固唾を呑んで読み進めていきました。
しかし過度に扇情的な展開は鳴りを潜め、終始抑えた筆致で、
ハピネスに満ちた、爽やかな印象のまま物語は完走しました。
何もないのが逆に驚きでした。これは桐野さんの新境地です。
が、文庫の解説で、続編があるという事を知ってしまいました。
あああ、絶対碌でもない展開になるに決まってる。
碌でもない展開になって、皆が不幸になるに決まってる。
その続編も既に読んでいるので、いずれ記事を書くつもりです。
住んでいる有紗 (ありさ) には、4 人のママ友には
決して言えない秘密があった。ママ友、タワマン、夫の秘密。
さぞや嫉妬と虚飾と悪意が渦巻くドロドロの人間模様が
繰り広げられると思いきや、著者の作品を何冊か読んだ事がある
読者にとっては驚愕の結末が待つ作品でした。
著/桐野夏生。
岩見有紗は 33 歳。30 代になる直前の 29 歳で滑り込みセーフで
結婚し、プチセレブが住まう憧れの “タワマン” に住み、
若干大人しくて押しが弱いが素直で優しい娘の花奈を、
女手一つで育てていた。IT 企業に勤める夫の俊平は、
アメリカに単身赴任している──事になっていた。
アメリカに転勤になった事は本当だが、その実は別居だった。
お金だけは入れてくれて、俊平の実家も援助してくれるが、
有紗は実質的な母子家庭で、独りぼっちで花奈を育てていた。
有紗の部屋は 24 階。ベランダから下を覗けば
コンクリートの床一枚で宙に浮いているような浮遊感。
向かいの同じく高層のオフィスビルからは、
何となく見られているような気もする。
強風の日、うっかりベランダに置きっ放しにしたプラスチックの
スコップが失くなった。例えおもちゃのスコップでも、
この高さから落ちて人に当たれば大怪我をさせるかも知れない。
失くした事がバレたら、管理組合で大問題になるかも知れない。
おもちゃのスコップ一個でビクビクするような生活の息苦しさ、
先行き不安で寄る辺ない有紗の立場をそのまま表したような
有紗の部屋の描写。この冒頭で、有紗の精神状態が判ります。
プチセレブが集うと思われているタワマンの中にも、
より細かいカーストが築かれていました。
東棟より西棟の方が格上、下層より上層の方が格上。
上層階でも、角部屋が一番の一等地。
ママ友の中で東棟に住んでいるのは有紗だけで、リーダー格の
“いぶママ” こと息吹ちゃんのママが住んでいるのは
その一等地でした。他の 2 人は西棟、“美雨ママ” こと洋子
1 人だけは、タワマンではないマンションに住んでいました。
歳の近い女の子がいる母親同士、大概はいぶママの呼びかけで
集まって、子供を遊ばせ、おやつを持ち寄ったりしていました。
ママ友なんて、いつ仲間外れにされ悪口を言われるかビクビクし、
薄氷を踏むような思いで付き合う関係だろうと思っているので、
そのリーダーなんていじめの首謀者のイメージしかありません。
ところがいぶママはオシャレで頼り甲斐があって、
意外にも有紗は素直にいぶママに憧れの眼差しを向けます。
ステレオタイプな設定にしないところが良くて、
有紗はいぶママにちょっとでも気に賭けて貰うと天にも上る
気持ちになり、まるで思春期に憧れの女の子を見ている目です。
いぶママとは違うタイプで、すらっとした長身で量産品を
着ていてもカッコ良く、さばさばした性格なのが美雨ママです。
ウエストタワーの住人ではない者同士有紗と仲良くなり、
“○○ママ” ではなく “洋子さん”“アリサ” と呼び合う仲になります。
名前で呼び合った。何年振りかで夜に友達と呑みに行った。
小さい子どもを持つ母親にとってそれがどれだけ勇気が要り、
でも心躍るものなのか、そんな生活が生々しく伝わります。
そういう何という事もない話が続いくのですが、飽きもせず、
どんどん読んでいきたいという思いにさせられます。
有紗は重大な過去を隠していた事がバレて、
夫に愛想を尽かされました。それを知らず、
義父母は妻と娘を捨てた無責任な息子で申し訳ないと、
有紗に負い目を感じています。有紗はそれを利用し、
時に彼らに八つ当たりや嫌味を言ったりしています。
有紗の実家は新潟で、過去はそこにありました。
美雨ママのとんでもない秘密を打ち明けられた有紗は、
思い切って自分の秘密も打ち明けます。
すると美雨ママは、勢い込んで新潟に行こうと言い出しました。
そして二人の旅が始まりました。
この旅も、ありがちな流れになりそうなところをぐっと抑え、
そぼ降る雨のように静かな、しっとりとした情趣ある
エピソードになっていました。逃げていたものと向き合い、
嫌な思い出を清算した有紗は、俊平と向き合う決心をしました。
何しろ桐野夏生なので、いつか誰かが最悪な裏切り方をするに
違いない、誰かが不幸になりどん底に落ちるに違いないと、
いつなるのかいつなるのかと固唾を呑んで読み進めていきました。
しかし過度に扇情的な展開は鳴りを潜め、終始抑えた筆致で、
ハピネスに満ちた、爽やかな印象のまま物語は完走しました。
何もないのが逆に驚きでした。これは桐野さんの新境地です。
が、文庫の解説で、続編があるという事を知ってしまいました。
あああ、絶対碌でもない展開になるに決まってる。
碌でもない展開になって、皆が不幸になるに決まってる。
その続編も既に読んでいるので、いずれ記事を書くつもりです。