'60 年代にアメリカでテレビドラマとして放送され、
嘗てハリソン・フォード主演でハリウッド映画にもなった作品の
リメイクです。12/5,6 にテレビ朝日開局 60 周年記念
スペシャルドラマとして二夜連続で放送されました。

外科医の加倉井一樹は自宅に侵入した義手の男に
妻と家政婦を殺された。加倉井も襲われ気を失っていたが、
数々の証拠から加倉井自身が逮捕され、死刑判決を受けた。

3 年後。加倉井は他の死刑囚と共に名古屋の拘置所に
移送される事になった。その道中、死刑囚の一人である
テロリストの嶋岡の仲間が護送車を襲撃した。
車両は横転、炎上し、別の死刑囚と複数の刑務官が死んだ。
嶋岡は、迎えに来た仲間と共に脱走した。

嶋岡が逃げたのを見て、加倉井も、山深い森の中へ
逃走した。事故と脱走を知り、特別広域捜査班が出動し、
嶋岡は間もなく捕まったが、加倉井は逃走を続けた。
班長保坂を筆頭としたチームが加倉井を追う。
加倉井は、逃げながら真犯人を追う。手掛かりは、義手の男──。

これは素晴らしかった。ストーリー展開、演出、
主演の渡辺謙さんの演技、計 4 時間の長いドラマでしたが、
先がどうなるか目が離せずに、全く飽く事はありませんでした。

まず、妻を殺されたばかりの加倉井の取り調べのシーンから
惹き付けられました。鼻の頭を真っ赤にして、目はいかにも
泣き腫らしたような、憔悴しきった表情をして、
でも妻を喪った自分自身が犯人と疑われて目を剥く。
この演技に圧倒されました。

そこから死刑囚として移送中に事故が起きると、
いかにも逡巡し、戸惑うような表情をしながら逃走を決意し、
東京に戻った頃には信念を持って行動をする男の
確信に満ちた表情に変わっている。それらは加倉井の
心の動きを如実に、実に適確に表しているものでした。

嶋岡は護送車でずっとひどい咳をしていたのですが、
このドラマは一年前には撮影が終わっていたそうです。
今なら完全に新型コロナだろうと思うところです。
護送車の同乗者は全員濃厚接触者でしょう。

逃走中の加倉井がマスクをしていても不思議ではないし、
まさか一年後がこんな世界になっているなんて、
製作陣は皆思いもしなかったでしょうね。

嶋岡が事故を起こした時、加倉井は負傷していました。
加倉井は度胸もあり、頭がいい男で、盗んだ車に乗って
警察が検問をしている前で態と事故を起こして、
自分を病院に運ばせる事に成功しました。

病院では、備品室に忍び込んで、医療用ホチキスで
自分で自分の傷を縫合していました。さすが外科医、
見ているこっちもアイタタタタな感じになりました。

そこから個室の病室に忍び込み、患者の服を拝借して
洗面所で髭を剃っていると、患者の家族を装った女が入ってきて、
加倉井と鉢合わせします。その泥棒が、米本花江でした。

花江は警察を敬遠する同士という共感と気まぐれで、
加倉井を自分の車に乗せて病院から逃げました。
それと入れ替わるように保坂のチームが到着します。
保坂は防犯カメラで加倉井を確認すると、手配書の写真を
髭を剃った後の写真に差し替えるように指示をします。

間もなく加倉井を乗せた花江の車は検問に止められました。
車を覗き込んだ警官は、帽子を目深にかぶった加倉井の顔と
手元の手配書の写真を見比べます。
警官の手元の写真は、収監されていた時の、髭面の写真でした。

警官は免許証で花江の身元だけ確認し、戻ってきます。
もう行っていいと指示を出したのですが、窓を叩き、また止めて、
車内を覗き込みます。固唾を呑む後部座席の加倉井と花江。
しかし、警官か言ったのは、「後ろのタイヤ、替え時ですよ」

この一連のシーンはたまらなかったです。
警官達が少し離れたパトカーの傍でこちらを見ながら話す様子、
出発しかけた花江の車を呼び止めた時、警官の些細な言動に
緊張が走り、差し替えた写真がいつ届いて気付かれるのかと、
息を詰めて見守りました。社内の花江側から映す
カメラワークも素晴らしく、さすが相棒の監督だと感服しました。

花江の家に匿われて暫時の休息を得られた加倉井ですが、
警察が近付いて来るのを差して逃げ出します。
そのすぐ後に保坂藩が到着します。また擦れ違いです。
まるで昔のラブストーリーのようです。

逃げる加倉井を追って峡谷に辿り着いた保坂は、
遂に加倉井と対峙します。無罪を主張する加倉井に、
「俺の知った事か!」と言い放つ保坂。

加倉井は、谷を渡るパイプの上から、遥か下を流れる急流に自ら
身を投げます。しかし死んではおらず、バイクと革ジャンを盗んで
逃走、保坂は加倉井を見失いました。そこまでが、第一夜。

第二夜は、加倉井の脱走のニュースを報じる
羽鳥慎一モーニングショーから始まりました。
ニュースとして第一夜のあらすじを紹介する手法には、
これは上手いと感心しました。

海で漁船に拾われて、加倉井は東京に舞い戻っていました。
リサイクルショップで革ジャンを売って古着とパソコンを仕入れ、
訳アリ客も受け入れる安宿を拠点に、真犯人探しを始めました。

連絡を取った弁護士や旧友の医師には裏切られて通報され、
道中で巡り合った花江やリサイクルショップのご主人、
旅館の従業員といった見ず知らずの人からは恩恵を受ける。
この辺りの設定も面白い。

人の多い東京に、何故態々加倉井は戻ってきたのか。
加倉井が清掃員を装って病院に出没した事を突き止め、
その病院が義手の権威であると知った保坂は、加倉井が
真犯人は義手の男だと主張していた事を思い出しました。

保坂は独自に事件の再検証を始めました。すると加倉井を
犯人と見るにはいくつかの矛盾が生じる事を発見しました。
加倉井は、真犯人を探そうとしているのではないか──。

加倉井が時に意図的に残した足跡を辿るように、
保坂は加倉井を追います。それは恰も加倉井と保坂の
無言のコミュニケーションのよう。その過程で、保坂に
加倉井への友情の気持ちが芽生えたように見えました。

予断に満ちた捜査をしていた当時の捜査責任者に怒りを
ぶつけて詰め寄る保坂。第一夜では加倉井を捕らえる事にしか
興味が無く、事件の真相などどうでもいいという
態度だった保坂にも、正義感があったようです。

ストーリーに組み込まれたこの保坂の変化と、
加倉井との関係の変化の描き方も、
このドラマの素晴らしいと思った点の一つでした。
保坂が「加倉井は俺のもんだ」とニヤリと笑って
豪語した時は、加倉井への愛情すら感じました。

遂に殺人犯を追い詰めた加倉井は、銃を持つ相手と
電車の車内で格闘します。その黒幕の男とも格闘。
結構激しいアクションシーンもあります。これまでも山の中や
冷たい急流を走ったりしていたし、大変な撮影だったと思います。

加倉井と加倉井を追う保坂、二人の “探偵” が少しずつ、
でも着実に真犯人に近付いていく。意外性のある犯人、
義手の男を突き止めた加倉井の機転の利いた行動、
何故加倉井の妻でなくてはならなかったかという動機。

プロローグの事件当夜のパーティーのシーンが伏線になっており、
ミステリーとしても申し分のない出来だったと思います。
最後に加倉井が保坂に言い返した因縁の一言、
再登場したリサイクルショップの老人の呟きなど、本当に
ドラマ作りのツボを熟知した人の手による良質な作品でした。