タイトルは15巻〜にしましたが、正確には14巻の最後からの、
第三部について書きます。達也と南は高校三年生になり、ここから
柏葉英二郎が劇的に登場します。外見はどう見てもヤクザ。
入院した西尾監督の代わりに野球部の代理監督に就任した柏葉は、
現れるなり達也に暴力を振るい、南を野球部から追い出しました。
作/あだち充。

新体操部との掛け持ちを許されずマネージャーをクビになった南は、
野球部に寄り付けなくなります。達也と話す機会も減ります。
甲子園への最後のチャンスの年に、達也と南が引き離されるのです。
お互いの事を何でも分かっていると思っていた二人ですが、
距離ができてしまった所為なのか、少しだけズレが生まれてきます。

南はずっとマネージャー気分で、野球部の事で校長に怒鳴り込んで
行ったり、料理が下手な由加の代わりに野球部の食事の面倒を見て
あげたりします。甲子園の前では新体操なんて二の次だと思っていて、
でも全国レベルの選手に祭り上げられてしまっているので、
乗り気じゃない新体操を、周りの為に殆ど義務的に続けています。

ここで初めて描かれる、“何でもできてしまう南”の孤独。
達也でさえ、それに気付いてあげていませんでした。
唯一気付き、達也に繰り返し忠告を与えるのが原田だというのは
面白いです。そしてインターハイの直前、南はとうとう切れてしまい、
「何でこんなところいるんだろう」と涙を流します。

勉強もスポーツも完璧。美人で性格もしっかりしている。
マンガの中でそんなキャラを作るのは簡単だけれど、
そういう女の子の内面を、こんなに丁寧に、ちゃんと
描写している作品は、他になかなか無いと思います。
こういうところも、タッチの凄さを再認識させられたところでした。

達也は甲子園に行く前に体が壊れるのではないかというほどの
しごきを受け、柏葉に反発します。しかし由加を送って
新田の家に行った時、練習でボロボロになって帰ってきた彼を見て、
刺激を受け、自分も耐えていこうと思い直します。

達也は由加に付き纏われますが、優しさからか悪い気はしないからか、
口では迷惑がっているけれど、本気で突っぱねる事はせずに、
料理問題で由加を庇ったり、デートに応じてあげたりしています。
頭では分かっていて、信じてはいるけれど、そんな達也に
南はイライラし、不愉快で、寂しい気分にさせられます。

第三部では、主役以外の登場人物の気持ちの変遷にもスポットが
当てられており、そこもかなり面白いです
新田の妹・由加は、兄がアレだけにかなりのブラコンで、
始めは兄が興味を持つ男としての達也に興味を持ちます。
でもいつの間にか達也にべた惚れしてしまい、明青学園にまで
追っかけてきて、野球部のマネージャーになります。

由加は喧嘩が強く度胸があるので、柏葉監督を怖がらず、ただ一人、
柏葉に平気な態度で接します。柏葉も彼女には調子が狂うと見えて、
由加が柏葉を騙し、それに引っ掛かっても、由加には何も言いません。
決勝戦では由加は新田と達也のどちらを応援するか
決めかねるように、息を呑んで試合を見つめます。彼女のその姿は、
試合の緊張感を表現する一つの要素にもなっています。

勢南の西村が脱落したのは、凄く意外でした。
まさか勢南戦をやらないなんて、サンデーを読んでいた頃驚きました。
でも、物語全体から見ると、それは絶妙のバランスだったと思います。
やれば長くなったであろう勢南戦が無かった事で、話が引き締まり、
新田との対決もより引き立つ事になったと思います。

達也がそれを西村から告げられるシーンも名シーンです。
ずっと煩がって相手にしていないような態度を取っていたけれど、
達也が西村の事も好敵手と思っていたと判り、
達也の男気も感じたシーンでした。

西村の勢南マネージャーとの恋愛も、地味だけどいい話です。
前から出ていたかなり太めのマネージャーは、西村の幼馴染でした。
彼女は西村が好きなのに、西村は酷い態度を取り続けていました。
でも彼女が人に貶された時は、彼女の名誉を守ろうとするような
優しさを持っていました。スマートさは無いけれど、ジーンときました。

柏葉は、第三部の主役の一人と言っても過言ではないでしょう。
「野球を心から愛し、真面目で一生懸命」。西尾監督のこの形容は、
実際の柏葉監督とは、似ても似つかないものでした。
彼の素性を達也と和也の関係に上手く重ねた設定は、
この物語を単に高校球児が甲子園を目指すというだけじゃない、
一本の太い軸を通すものにしたと思います。

連日の猛練習の端々に、柏葉が実はかなり野球が上手いという
様子が見えてきます。結果的には過酷なしごきでナインが
鍛えられていたのですが、それは飽くまで結果論で、
予選が始まると、柏葉はとんでもない妨害工作を仕掛けてきました。
最大の敵は相手校ではなく、柏葉監督という事態になります。

でも、予選が進むに連れ、色々な人に少しずつ刺激を受けて、
自分が無意識に手加減を加えていた事に気付き、柏葉は動揺します。
明青野球部に恨みを持ち、台無しにしてやろうとしていた筈なのに、
咄嗟にはガラスを踏みそうになった孝太郎に注意するような優しさが
出てしまうのです。目の病気の進行が、彼の動揺に拍車を掛けます。

そして決勝戦。22〜25巻の3巻に亘って描かれる、
明青学園vs須見工という因縁のカードです。
上杉和也としてマウンドに立ち、上杉和也として南を甲子園に
連れて行こうとする達也。自分らしさを見失った投球は
新田を失望させ、須見工打線にも打ち込まれます。

ところが、柏葉の素直ではない助言で、達也は自分を取り戻します。
達也が立ち直ると、柏葉もやっとその気になります。
試合の中で柏葉の心が刻々と変わっていく様子は感動的です。
9回裏、最後の打者を迎えた時、孝太郎がマウンドでの話し合いと
正反対の指示をナインに出すところも、感動でした。

甲子園出場決定で最終回に飛んで終わる事もできたと思うんですが、
意外にも明青野球部が新幹線に乗って甲子園に向かい、宿舎に入り、
開会式を迎えるところまで、現実的な手順が細かく描かれています。
全国の強豪が名乗って顔見せだけしていくシーンがあるのですが、
サンデーでその辺りを読んだ時は、まさかそれが本当に
顔見せだけで、試合を描かないとは思いませんでした。

アイドル住友里子の登場は、賛否両論あるところでしょう。
私も最初に読んだ頃は、彼女は何だったんだと思いました。
出すなら出すでもっと絡ませても良かったと思います。
この辺りの中途半端さは、連載を引き延ばすか終わらせるか、
決まっていなかったのではないかと思ってしまいます。

でも、通して読むと、里子は作中で里子本人が言っているように、
達也にとってのアクセルとなる、重要なキャラだったと思えます。
達也の気持ちを丁寧に描こうとすれば、和也は南をずっと
好きだったと誰よりも知っている、弟思いの優しい達也が、
甲子園出場を果たし南とも素直にくっついてめでたしめでたし、
となる事は、達也の性格からすれば有り得なかった事でしょう。

孝太郎に言われた「幸福の一人占め」は、勝ち進むに連れて
達也の中で大きく重くなっていった葛藤であり罪悪感だろうし、
南のお父さんが南に言った、“達也は和也がいずれ味合わねば
ならなかった南を諦める辛さまで味わおうとしているのでは”
という危惧は、達也が考えていた事そのものだったのだと思います。

そこで達也が自分の気持ちを確認する為に出てきたのが、
住友里子です。達也は、彼女に惹かれる程度の気持ちなら、
諦められる程度の想いなら、南をいっそ諦めてしまおうと思っていた。
でも、トップアイドルの里子と相対しても、自分の中に
南への揺らがない気持ちがある事を知った。そこでやっと達也は、
南を手に入れる事を自分に許した、手に入れる決心が付いたのです。

大人になってから読むとつまらないと思うマンガもあるのですが、
タッチは大人になってからの方が確実に面白く、
登場人物達の心情がより深く理解できるマンガです。
これはもう、文学の域にまで高められた作品と言っていいでしょう。

予選の進行と登場人物の気持ちの変化をシンクロさせる時の
あだち充の心理描写は、比類ない素晴らしさだと思います。
取り分け決勝戦のたった一試合の中でこれだけの人間の成長と
感動を描けているのは奇跡的だとさえ思います。
やはりタッチは何十年経っても色褪せない、永遠の名作だと思います。

タッチ―完全版 (9) (少年サンデーコミックススペシャル)

タッチ―完全版 (10) (少年サンデーコミックススペシャル)

タッチ―完全版 (11) (少年サンデーコミックススペシャル)